MEMO

ミムラが見たり、聞いたり、感じた事を気ままに書くコラムです。

Sep.2007 5

『エアコンのはなし』


前にも書いたけど、エアコンが苦手です。
扁桃腺炎を起こしやすいので、喉が痛くなるというのが切実な理由なのだけど。それ以上に心地よすぎてマズイと思う。慣れたらもう戻れない感じが、なんともおそろしい。
季節問わず朝晩がんがんにつけている方、夏も冬も、外に出るのおそろしくないですか?

汗だくになりながらゴールした冷房の効いた空間は、本当に天にも昇る心地よさです。これは間違いないと思う。ただ問題は、大抵の箱は入ったらいつか出なければならない。
機械的に冷やした空間から蝉の大合唱の中へ向かう時、「地獄のようだ」とか「死んじゃう」と言う人を時折見かける。でもよく考えれば、この炎天下での冷え冷えとした空間が異界なのであって、外は地獄なんかでなくてただの夏という暑い季節なんだよなぁ。そりゃ最近は暑さが熾烈ですけども。

エアーコントローラーという利器が出回った当初、明らかにエアコンの効いている環境はプラス要素だったはず。それを今はエアコンが効いていない状態がマイナス要素で、効いていてもノーカウント、ゼロ。外気に対してはマイナスに捉えている節もある。
この「もっと快適さを!」という感覚がなければ進歩発展は有り得ないわけで、必要な欲求なのだけど、ちょっと勿体ないなぁとも思う。エアコン以外の物事にも時折感じる事なのだけど、折角の幸せ、感じ損ねてませんか。

小さい頃姉と二人で「シニカル・ヒステリー・アワー」という玖保キリコさんの漫画に出てくるツネコちゃん達と同じ遊びをした事がある。暑い日にわざわざ厚着をして毛布にくるまって、我慢に我慢を重ねた末、そこから離脱するのだ。すると……さっきまで暑かった筈の常温のなんと涼しいこと!おめでたい事に、さっきまで不満たらたらだった現状に幸せすら感じるのです。一端下げると、もとに戻っただけなのに、上がったように錯覚する。人間て知覚で生きているようで、まだまだ感覚に支配された動物なんですね。

なんだかしごくエコ思考っぽい今日の書きよう。今この文章を打っている部屋も、窓を開けて風鈴の音とすだれの影で涼を得て、勿論エアコンはかけてない、わけではない。
だって今は夕方で、ここは南西角部屋。私は別件の原稿締め切りに追われる身で、煮詰まって前頭葉が熱々。
地球環境を真面目に考えても、今この瞬間、私の為にも、私以上に熱々のマックさんの為にも、控えめな冷房は必要だ。
ここぞ、という時は使ってもいいよね。

ああ涼しい、幸せだ。はやいとこ仕上げよう。

2007.09.05 Wed.

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