MEMO

ミムラが見たり、聞いたり、感じた事を気ままに書くコラムです。

Jan.200830

『気っ風』

優しい人。おもしろい人。穏やかな人。聡明な人。懐のひろい人。愛くるしい人。

私の周りの友人、知人、親族には様々な快い人が居ます。
ですが、気っ風のいい人、という表現に見合う人物は、一人しか居ません。いえ、一人居た、と言わねばならないのでしょうね。もう彼女に会う事は叶いません。先日関東平野部にもうっすらと雪化粧をほどこした寒冷前線が、予想以上に早く彼女を連れて行ってしまいました。

彼女の人間性をどのように表現したらよいのか迷ってしまうので、とっても「らしい」エピソードをひとつ。

学校から帰ると家の庭で母親と立ち話をしている。
 こんにちは。
 あら、アナタ、ちょっとまってなさいよ!
ロングスカートの裾を揺らせて、目にも留まらぬ速さでたかたかっと目と鼻の先の自分の家へ戻って、また、たかたかっとやってくる。
 手、出しなさい。
言われるがまま右手を出すと、くしゃっと千円札数枚を握らされる。
 いいよ、おばちゃん、お母さんに怒られる。
 要らなかったら、その辺に捨てちゃいなさいよ。
 ええー?
 おばちゃんに返しても無駄よ、アナタの家の庭に捨ててく
 からね。
 そんな…。
 どうしても要らないならお母さんにあげてちょうだい、兎
 に角、そのお金はもうおばちゃんのじゃないから。じゃあ
 ね!
そして反論の余地は微塵も残されず、早足でずんずん家へ帰ってしまう。一度頑張っておばちゃんの手に握らせて返したら、本当に家の玄関に五千円札を捨て置いて行った。
 じゃあね!
にったりとお茶目に笑って。いつでも薄生地のロングスカートをひらり、と翻して、さながらマントをたなびかせる現代の魔女、と言った感じだった。

命が尽きるということはどんな事なのか、よくわからない。もう、会えないんだな、と思うだけでとても悲しく。
でも、会えたんだな、と思うだけでとても嬉しい。
この二つが混在し、寄せては引いて、ひとつの波を形どる。今は亡き人に想いを馳せて、不意に泣けてきたり、思い出し笑いしたりして、決して消えないものが心に刻まれていく。

暫くは、ロングスカートで早歩きのご婦人の後ろ姿全てに反応してしまいそうだけど、そうやって自分の輪郭や感性が誰かの影響によって変わっていくことは、なんだかあたたかく心強い事だと思います。

おばちゃん、どうもありがとう。

2008.01.30 Wed.

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