MEMO

ミムラが見たり、聞いたり、感じた事を気ままに書くコラムです。

Oct.2008 4

『昼の鈍行、雨の稲田に彼岸花』

実家にいる猫の体調がかんばしくないというので、様子を見に行った。十数年も生きているので人間にしたらなかなかの歳だ。しかも姉が拾ってきた時に顎に大きな怪我を負っていたので、下の犬歯が一本生えてこず、ドライキャットフードを食べる時は顔を傾げないと咀嚼できない。身体は大きいけどすらりとした体形。太ったことなんて一度もなく、動きも機敏でカッコヨイが、歳をとるにつれて痩けて見えてきたから心配だ。大丈夫だろうか。

朝一で行く予定だったけど、前日の夜福岡から帰ったばかりだったので疲れが残り、結局昼ちょっと前に移動した。生憎の雨、どうやら一日中降っていそうなので足下はブーツ。七分丈のカットソーに上着を羽織っているというのに肌寒い。駅を行き交う人も皆長袖で、ショールを巻いている女性たくさん居る。一週間前はまだまだ半袖率が高かったのに、私が福岡に向けて離陸すると同時に東京には秋が完全着陸していたらしい。本当に秋っていうのは見定めにくい季節だなぁ。


「生憎の雨」とは書いたけど、私自身は雨が好きなので気分よく電車に揺られていた。心の底に猫への心配はあるが、まぁ大丈夫であろう。予定がずれたので快速に乗れず、鈍行。昼ちかくの鈍行は、朝夕と違い、ぱっと見からはどんな目的持っているのかさっぱりわからない人だらけで、気ままで、大好きだ。一度の乗り換え後、がらがらの車体を震わせて下る電車。みるみる増えていく緑。雨粒がはじける車窓の向こうに、麦畑と稲田がするすると流れていく。

曇天の下で雨にうなだれる稲穂は、きっと晴れていたら見事な黄金色に映ったでしょう。収穫期の稲より、今の時期の少し緑かかっているくらいの方が生命力のピークにあるようで目にしみる、と毎年思うのだけど、この日の稲は、わら半紙に蛍光の黄と緑のマーカーを重ね塗りしたような色だ。明るいのか暗いのか判別できない微妙な色合いで、物悲しい。胸の隅がざわめくような感じ。

その隙間にぽつぽつと赤いもの、よく見ると彼岸花だ。こちらはもう終わりの季節だから色が抜けて白み、咲きたての燃えるような朱色ではなくなっている。

鈍い黄金色の稲田をあぜ道に沿って囲む、色褪せた彼岸花。そんな寂れた風景を、がらがらの、まるで一人きりのように空いている昼の鈍行列車内から、弱まれどもやまない秋雨越しに見ている。向かう先には病のおっかさん、ではなく飼い猫だけれども。……なんだか、嗚呼、なんだかっ。


「でき過ぎだっ!」と思う。


ドラマや映画では、時折、現実を誇張した表現を含めなければいけない場合がある。正直言って恥ずかしい。どうしたものか、ともやもやしていると先輩の役者さんに「恥ずかしがるとそれが空気に滲み出してしまって余計に恥ずかしくなるから、恥ずかしがらずにばーんとやっちゃうのが一番だよ」とアドバイスを頂き、以来そのようにしている。なるほど、大きな括りでバランスを見て、必要なだけばーんとやってしまうと、それはそれで楽しい表現だったりする。それに、もし変に照れて芝居がまとまらなくなったら、監督が指導してくださる。一発で決めたいが、どうしてもダメなら一度カットの声がかかり、リトライもさせてもらえる。

でも現実はそうはいかない。どんなに「この状況、ドラマチック過ぎやしないか?」「は、恥ずかしい」と狼狽えても、カットをかける監督は居ないし無いカメラは止められない。時間は流れていく一方だ。

無論、観客はいないので誰に指さされるわけでもないのですが。自意識過剰だと理解しつつも、こういう自然に整ってしまった「設定」に妙に焦る。焦りながら、こんなに状況がマッチしているということは、もしかして、猫はもう……。
と、設定に飲み込まれたりする。

しかし、行ってみれば猫の体調不良も急に寒くなったせいのようで、大事ではなかった。ただ、年老いてきたから季節の変わり目を気にしてやらなければならなくなった、というごく自然の話。ああ、色褪せた彼岸花の「設定」が現実を覆わなくて本当によかった。ほっ。


現実の完成度と一瞬における密度は、作品として意図的に製作されるものには到底追いつけないものがある。でもそれはある一部分のことであって、全体の仕様としてはやはり現実は作品のようにメリハリは効いておらず、きっかけがあってもオチがしごく弱いことも多い。時にもどかしいけれど、曖昧を曖昧なまま、ぼやけたエンディングをいくつも抱えて流れていくのは、現実世界のたくましさでもあるし、やさしさでもあるな、と思う。


いつものように傾いてドライフードを噛み、時々はずみで床にこぼしてしまう猫。新しいものがお皿にあっても、こぼしたものを必ず先に食べる。食事皿の一m先に転がっても、追いかけていって食べる。仔猫の頃、同じようにぼろぼろこぼし、それに気付かず皿の中のものを食べ続けていたので、ちょいと肩をつつき 「 落ちてるよ 」 と声をかけたところ、
「あ、ほんとだ」という感じのリアクションで、落ちているものを食べだした。以来、彼の食事皿の周りはいつもキレイだ。律儀で話のわかる、いい奴である。
元気に長生きしてほしい。

2008.10.04 Sat.

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