MEMO

ミムラが見たり、聞いたり、感じた事を気ままに書くコラムです。

May.200911

『おとな子供』

ゴールデンウィークが終わりました。

最後の方は雲に覆われ広域で雨模様でしたが、連休に入って動きっぱなしだった体には、実のところ丁度いい骨休めに
なったのではないでしょうか。稼働しすぎてカンカンに熱くなった体に細かな春雨が降り注いで、しゅうしゅうと蒸気が上がる。あら熱のとれた体にはパワーが漲って、きっちりリセットのかかった状態で仕事に行けたのではないかなぁ。

天候に阻まれて折角のおでかけがなしになってしまった子供達はがっかりしたに違いないのですが、連休中のお父さんお母さんの様相を想像するとそんな風に思います。

そう、最近なんだか目線がおとな寄りになりました。

この間も「となりのトトロ」を見ていて泣いてしまい、自分にびっくりした。泣いたことが、ではなくジーンときた場面とそのとらえ方に驚いた。

朝食を準備するサツキの小松菜だかなんだかの菜っ葉をざく切りにするスピードとかに、ああ、こんなに素早く調理が出来てしまうほどの時間、ずっとお母さんの不在を守っているのだなぁ、偉いなぁ……ジーン。

などと涙ぐんでしまうのだ。
前はただただ、そのファンタジー性とトトロやネコバスの表情をわくわく見ていたというのに、サツキとメイの健気さにいちいち胸が熱くなる。そうか、こんな感情も織り交ぜられていたのか、奥が深いぜジブリ作品、という気持ちと、私はいよいよ大人になっていくのかという予感に少し緊張する。

それ以外にも最近高校生くらいの子を見て無意識に「あら可愛らしい」とか言ってしまう。言ってしまってからハッとなるのだけど、そのうちハッともしなくなって、当たり前のように「子供=かわいい」という母性本能むき出しの回路が作動するのだろうか。


いやいや、私は絶対にかわいい子とそうでない子がいると思う。顔の造作のことなんかではなく、心持ちが透けて見えるのだ。「子供だから何をしても許される」という思考に胡座をかいている子供のことなんか、絶対にかわいいとは言わないぞ。

そんな風にブンブン拳を振り回す自分にまだまだ子供っぽさが感じられて、やっと少し、安心する。


今までにも「子供じゃなくなっちゃうのがイヤ」という気持ちの燃えかすをしたためた文章を、ここや別のところでいくつか書いてきた。要するに「子供だから何をしても許され
る」という思考のモトに行動しているかわいくない子供と
は、幼少期の自分の分身なのです。そのような子供を快く思わないのは、いわば近親憎悪。そして私はまだその思考にしがみついて「おとなになる」という現実に恐怖を感じてい
る。

情けない話です。もういい歳なのに。ばっちり老け顔で老け思考をもっていても、人には面倒くさくも複雑で面白い、二面性というものがあるのですね。場合によっては二面どころではない。どうやって折り合いをつけていったらよいものやら、四十になってもこのメンタルだったらどうしよう?
うーん、それはちょっとなぁ。

どうしたらきっちりと「おとな」の枠にはまって、そこに疑問を感じないか。いろいろな可能性を考えてみたけれど、案外、分かり易く自分の頭に白髪でも発見したら、ついに自分がおとなであるということが腑に落ちるのかもしれない。

その日が待ち遠しいような、永遠にこないで欲しいような。

「おとな子供」の思考は今しばらく、私を揺さぶりそうで
す。

2009.05.11 Mon.

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