MEMO

ミムラが見たり、聞いたり、感じた事を気ままに書くコラムです。

Oct.200925

『器』

博物館の展示を見に行くと、必ず置いてあるモノのひとつに「器」がある。文化という曖昧な輪郭をもったものを分かり易く「衣、食、住」越しに見るにあたって、食の部分を担うのは大抵器になる。だから何の展示でもほぼ確実になんらかの器が見られる。

器を見るのは大好きだ。保護ガラスに吸い付かんばかりに近寄り、上下左右、表裏くまなく見る。そしてこの器で、何を食べていたのか想像、いや妄想するのです。むしろ今、この器で自分が何を食べたいのか。

黒くてびしっと長方形のお皿。これには焼き魚がいいなぁ。アジの開きなんかどんと乗っけて。めざし三匹でも余白がいきるかなぁ。しっぽが焦げるくらい七輪で炙って、脂がプシプシ鳴いてるやつをのせて、山椒の葉……じゃなくても、深緑の葉っぱを添えれば、漆黒に映えて艶やかだろうなぁ。魚を中央に潔くのせたいから、大根おろしは別の器だ。

あー、この三脚の付いたダイナミックな牡丹画の大皿には、大振りに仕立てた筑前煮を盛りたいね。小料理屋さんで見かけるような感じ。もう一口で食べられないくらい大きく乱切りにした野菜と、味のしみた蒟蒻、照りのでた鶏肉。それにシャッキシャキの絹さやを散らして、取り分け用に実用的とは言えないくらい細い細い菜箸を添えるのね。


比較的近代の、庶民が使用していたものは妄想が容易い。しかし想像も及ばないほどの裕福な貴族の高貴な器や、時代背景の理解の浅いモノになると、途端にもやが立ちこめる。

へぇ、この青白磁の杯は中国からの献上品なのか。さぞかし偉い人が使っていたのだろうな。この薄い飲み口からすっとお酒を飲んだら美味しかっただろうねぇ。桜の花びらかなんか浮かんじゃってね、風流ですな。

共に楽しんだであろう酒の肴を考えてみるが、なにしろ雅な身分の方々が食す雅な食べ物。そんなお上品なものはわからないのである。想像力の膨らみがしゅるんとしぼむ

土器!これはどうしたものか。フルーツコンポートにしたらベタすぎる。……はじめ人間ギャートルズ的な輪切りの肉……? あ、でもそれだと時代はずれてしまう。それにあの輪切りの肉は保存することはないのではないか。

そもそも輪切りの肉がフィクションであることすら無視し始め、脱線する。そもそも「器」と言われて食べ物が乗っかっているところしか想像出来ないあたりが、庶民だなぁ。


ところで。この土器やら雅な青白磁の杯って、どれくらいの価値なんだろう。歴史的価値云々じゃなくて、おいくらハウマッチ? これまた想像の及ばない世界。
 
うーむ、と我が家の食器棚を思い浮かべ、一番値段の張る物はどれか考えてみる。多分頂き物のバカラのグラス、かな。憶測でしかないのは、結婚した際お祝いの品として頂いた物だから。しかも六客もあるのだ。

もし、我が家の物が数百年、数千年後に遺跡から発掘されるようなことになったら。このピカピカのバカラのグラスよりも、デパートの八十%オフのワゴンから引っ張りだした、二百円小皿一枚(本当は四枚くらい揃えたくてしつこく探したが、もう無かった)の方が、価値が出たりするのか。へへ
へ。やったな、八十%オフの小皿よ、下克上だぞ。

そんなことを考えてにやにやするのも楽しい、博物館器コーナーなのでした。

2009.10.25 Sun.

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