MEMO

ミムラが見たり、聞いたり、感じた事を気ままに書くコラムです。

Mar.2010 3

『求肥と豆おかき』

マイクロスコープで見た黒子は、厚めの求肥に包まれたこし餡のようにぼんやりとした色彩だった。聞けば顔に出没する黒子(こと出っ張って大きくなっていくもの)は、その成長にともない色が薄くなるのだという。(ところで「ぎゅう
ひ」の漢字が「求む肥える」だったことにびっくりした。さあさあ喜んで太れという、ダイエットなんて言葉がみんなの胸ポケットに常備された今では考えられないネーミング
だ。)

本当はこのタイプのものは真皮の奧にある細胞もろとも、少しくり貫いて除去するそうなのだが、これには二つのリスクがある。ひとつはくり貫いたところが思ったように組織が再構成されない場合、少し凹んでしまう可能性。もうひとつはケロイド体質である場合、逆に盛り上がってしまう可能性。

先生は紙に様々な断面図を書いて説明して下さった。今の黒子の状態はこう、施術の方法はここをこうしてこう、その結果このような状態、可能性としてこうなるかも、順調に回復していけば一ヶ月後にはこう、三ヶ月後にはこうなってほぼ元通り……等々。十五はくだらない、断面図の数々。

今回は施術場所が顔で、また人に見られる職業であることを考慮して、色素はレーザーで焼ききり出ているところのみを切り取る方法にします、と先生は仰った。その際何年か後にまた突起してくる可能性がありますが、それでもよいでしょうか?

非常に親切で丁寧な対応に感心しきり、安心して「よろしくお願いします」と頭を下げた。


寝かせられた施術台の上で、私は故郷の夏を思い出した。私の住んでいた地域は毎日と表現したくなるほどの頻度で夕立が降った。公園やプールから逃げ帰り母親にバスタオルで迎え入れられたあとは、窓辺で雷を観察。白や黄色や青みが
かった光が、猛々しい龍のように雨雲を劈く姿を飽くことなく見ていたものだ。

しかし赤い閃光を見たのは初めての経験。私は額からガーゼのあてられた瞼の裏に迸るレーザーの赤い稲妻に、「うお
お」と驚いた。パスッという、昔の写真機が煙を上げながら立てるような音が頭蓋を伝わってくる。面白い、もっと見たいと思うやいなや終了、次のステップへ。(興味が逸れていたせいか痛み無し)

麻酔注射の後にいよいよ切除。刃物でスパッと切り取るのかと考えていたが、現実はそんな粗野ではなかった。視界が遮られていた為実際何でどうされていたのかは見られなかったが、動詞で言うなら「刮げとる」が一番近い。ピーラーの端にジャガイモの芽を取る小さな耳かきのようなものが付いていることがあるが、あれをごくごく繊細にしたような器具だと思う。そしてなにかの焦げるような匂いが伴っていたことを考えると、先端に熱を宿したもの。それが、少しずつ額のジャガイモの芽を焼きとり刮げとっていった。


「はい、お疲れ様でした」
少しだけ額の感覚が冴えてきて、もしや麻酔が切れてきたかという心配を抱き始めたところで、この先生の声。麻酔の効いている具合を表皮から判断し、苦痛はなく、効き過ぎずの絶妙な加減で施術が終わった。断面図に引き続き、いい先生だなと感じた(薬を大量に使う医師に名医無し)。

ガーゼが取り払われ、手鏡越しに傷口の説明とこれからの家での手当の仕方を教わった。額にはセールの時にタグに割
引%毎に色分けして張られるような、小さな赤いシールがぽつり。簡素なものだった。


帰りの車の中で、肌色の保護テープ越しにそうっと触れてみながらある疑問が湧く。テープの下の傷口はものすごく小さい。こんな小さなものをとるとらないで悩む人間でも、歳を経ていったら生え際を切開してまで皺を伸ばしたり、今ある弾力の代わりのものを注入したり、一つのシミも見逃せず躍起になったりするのだろうか?

絶対しないとは言えない。今でも顔を変えることには興味があるからだ。矛先は美しさではなくて、役柄とのマッチングだけれど。

顔はメイクさんとの二人三脚である程度までは変えられる。それ以外にも、何もしないとやや上向きの睫毛のカールを毎朝晩蒸しタオルで熱して下へ向けたり、少し口回りの筋肉に意識をやって輪郭が変わるようにしたり、痩せたり太った
り。その程度のことはもうやっている。

しかし、願望はいくらでもある。この役は切れ長の一重がいい、この役の唇はもっと肉感的にしたい、鼻をぐっとシャープにして勝ち気な感じに、生え際を変えて結い髪向けに。
もっと言えば骨格も、身長も、人種も、性別すら飛び越えられたら。髪の色を変える感覚で、顔も身体も変えることが出来たら。そう思うこともある。

それでも、凄い役者さんと一緒に仕事をする機会に恵まれると、それをいじらずして別の方法で体現するのが役者の仕事なのだなぁ、と痛感。普段の自分の考えが素人臭く子供じみていることに気付かされる。

元の入れ物のサイズ、カタチ等、演じることで全て吹き飛ばせる可能性は、きっとある。うむ、頑張ろうではないか。


ほんの少しの変化、瘡蓋がとれる程度のことなのにいろいろ考えてしまった。生身の自分の一部でなければここまで考えなかっただろうなぁ。ありがとう今は無き黒子よ。

ところで、求肥につつまれたこし餡は、除去施術中にはほのかに豆おかきの香りがしました。本当の黒子のメッセージとは「お前の顔なんておやつ程度のものだから気張るな、適当にしろ」とのことなのかもしれません。

2010.03.03 Wed.

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