4月末日より始まりました向田邦子役にて出演中の『トットてれび』、お楽しみ頂けているでしょうか? 他にはないドラマになっているであろう手応えは、現場でもひしひしと(あとはお茶の間まで届いているかどうか…)。画面から熱気と勢いとが楽しく噴出し続ける前半から、トットちゃんとその他の人たちの交流にぐっと近づいて映していくこれからの後半。“テレビジョン”の前でご堪能くださいませ。また社会派ドラマとして迫真系wowow版大河ドラマともいえる全20話、『沈まぬ太陽』も放送中です。

 さて、私の二度目の役・向田邦子さんも、スタッフの皆さんに支えられ、言葉少ない登場ながら「本人に似ている」イメージを覚えてくださった方が多いと聞き、ホッとしております。

 時代の研究をばっちりこなし、「これは!」という服を次々ご用意くださる衣装さん。私の顔や骨格にどうやって向田さんの要素を出していくか、鏡前で共に研究して細かなリクエストにも応えてくださったメイクさん。不変の美意識を持ちながら、時代時代で少しだけ変わっていく説得力ある向田邦子像を完成させるには、衣装部メイク部の力に掛かっていました。それゆえ今回も大変助かりました。

 そしてもう一つ、気づく人はいないだろうけれど、今回特に勉強熱心なスタッフが揃っているのならばここまでこだわってみたい! と私が撮影前に一つだけお願いして実行した件をご紹介したいと思います。


 「向田さんが原稿を書いている手元の映像で私が似せて演じるのは当然ですが、もし可能であれば撮影で映る原稿は、いえ、向田さんの書く原稿を、たとえ積まれている原稿でも、すべて私に書かせてください。向田さんの筆致に似るよう家で練習して参ります。」


 こんなお願いをしました。そして、このお願いに伴って何かが起きてしまいます。

 まず向田さんの原稿で実際残っているもので勉強。そのコピーたちを見て文字の癖、間違えた時の修正の仕方、時代で変わっていく原稿の使い方などを把握していきました。撮影でもオリジナル原稿通りに書きます。基本的には一つも我流で変えていません。ここまでは役に入るためにも必要かな。
 大きな問題は、現存せずに残っていない原稿の執筆作業。中身は活字として書籍等にまとめ残されたものから立ち上げますが、文字や書き方は残されていた原稿群から、平均化した“向田邦子原稿の公式”をつくり、それに当てはめて役として成り立つよう実像に迫れるよう作ったのです。

 効果のほどは…? 実を言いますと、私だけでなく、事前準備するADさんにはとてつもない労力が発生してしまい、私も自宅の練習で300枚ではきかない枚数を書きまくり、その練習の元原稿を作ったADのAさんは「PC作業が通常となってから、こんなに真剣に文字を書いたのは久しぶりでした」と仰っておられました。
 また、縦書き・万年筆時代ですと、インクが擦れないよう手を浮かせて右から左へと進みます。この動作が続くと、手首・首筋・肩甲骨が悲鳴を上げますが、気が緩めば仕上がり間近でインクを擦ってしまい、その一枚すべてやり直しになるのです。

 経済的(?)には損益分岐点の損に入ってしまうこの手間。ぬお?これは、とんでもないお願いをしてしまったと(慣れるまでは)汗をかきかきの熱血練習でした。用意してくださったAさんの苦労も、逆算して計り知れるというもの。(お詫びとお礼を兼ねて肩こりや筋肉痛に効くエッセンシャルオイルを差し入れ。役作りの一環とはいえ、私のコダワリにお付き合いいただき、Aさん本当にありがとうございました。お許しくださいネ!)


 ところが、努力にはご褒美がついてくることも。
 筆致を似せるには、スピードも同程度である必要があります。落ちるインクの量で線の細さが変わりますので、ゆっくりやるとそれだけの鈍臭い字になるのです。なので、文字を見てスピードも変える。そんな練習を繰り返していると、「あ、向田さんここは少し悩みながら書いたのだな」とか「ここはノリにノッて、思考を原稿に映すのが楽しくてたまらなかったんだな」と、どんな資料にも書かれてはいないであろう情報と共感が、原稿の文字と段落の流れから雨垂れのように少しずつ、ですが確実に私の脳と心に溜まっていきました。
 向田さんに近づいていくという感覚。

 加えて、実際の原稿その他を年代に沿って模写しているので、物書きとしての彼女の軌跡を体感しながら進む。向田さんマニアの方は、画面に映った原稿用紙もチェックすると面白いかもしれません。出版社、ラジオドラマとテレビドラマ、随筆など。5種類の原稿を使い分け、それを見ることで彼女の置かれた境遇が判るので面白いはずです(悪筆とカメラアングルにより、原稿中身の解読は困難かもですが)。作品の特色上時代を前後して挟まれる回想も多いので、正確な時代考察ということでなく、こんな私の裏事情もそっと頭の隅に置かれ、ゆるりと場面ごとの違いを楽しんでいただけたらと思います。


 さらにさらに!
 実は今回撮影中、とっても興味深いことがありました。向田さんが私に乗り移ったかのような錯覚が襲ったのです……。
 役者にとって究極の技といいますか、帰宅後、その感触を忘れぬようざっとメモ書きはしました。が、これを正確に表現しお見せできる形で表現するには膨大な文字数が必要となりそう。またいつか、どこか書ききれる場を見つけるまで大事に保管したいと思います。

 なにはともあれ、<大好きな人物を二度演じる>という恩恵はとてつもなく大きく、楽しいものでした。一度目にはなかった範囲での原稿書きの自主練など、エッセンスの抽出。そしてなにしろ満島ひかりちゃん扮するトットちゃんと遊ぶように演じられるのが、本当に楽しかった本作でした。これを画面のそちら側へもお届けいたしますのでもう暫し、わくわくとお待ち下さると幸甚です。


 前回のmemoで、「三車線並走状態で撮影」と書きました。その予告通り、三つの役それぞれの演技に必要な勉強など多忙だった4月。無事作品をひとつ終えたものの、気づけばまた別の作品へお呼ばれし、二週間足らずでまた三作品並走中の今。たくさんの現場で、多数の人物になり、多くの役者さんと絡むことは本当に勉強になります。以前は不器用を自称、ひとつの役柄のみに集中できることに安堵していましたが、複数同時に取り組まないと発見出来ない事柄もあり(これはきっとどのご職業でも共通ですね)、今の私はそこに大きな価値を感じるようになっています。

 完全受注型の仕事において、望んだようなペースで取り組めるのは、本当に幸せなことですし、自分は本当に運がいいなぁと常々感じる今。この幸運の無駄遣いをしないよう、引き続きどの瞬間も真摯に演じます。どうぞお楽しみになさってください!

2016.05.16 Mon.


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